東京から「ものづくり」をお手伝いいたします!

Sifuあだちや

紙布の歴史

写真
奥州では紙子(かみこ)と紙布(しふ)を古くから衣料用として使われてきました。昔は木綿が高価だった為紙の産地の普及と共に様々な素材を取り入れ発展をしてきました。
紙子は紙衣とも書き、貼りあわせた和紙をよくもみ、柿渋を塗って仕上げたもので防寒用の胴着や寝具によく使われておりました。

一方、紙布は和紙を糸にして織られた布で、とても手間のかかる素材ではありましたが、紙子より軽く丈夫でもある紙布は何度でも洗濯が可能であり、宮城県白石市の特産であった白石紙布は、江戸時代には伊達藩より将軍家へ夏の衣料用の最高級品として献上されていました。そしてそれ以降、京都の公家への進物ものとなっていきました。

しかし、紙布は長い歴史の中で多様に形を変えて珍重されてきましたが、近代紡績技術におされ、徐々に衰退していったのでした。明治六年にウィーン万国博覧会にて進歩賞を受賞され、大正三年の大正博覧会まで出品されましたがやがて姿を消していくのでした。

経糸に絹を緯糸に紙糸で織られた絹紙布(きぬじふ)、また経糸に綿を使った綿紙布(めんじふ)、経糸に麻を使った麻紙布(あさじふ)そして経糸、緯糸とも紙糸をつかったのが諸紙布(もろじふ)と呼ばれていました。

原料の和紙の漉き方にも紙子と紙布では違いがあるようです。紙子用は十文字に漉いていますが、紙布用は縦方向だけ揺すり、紙糸にした時に、繊維の方向が一定で強度が保てるようにセルロースだけの長い繊維のまま漉いているのです。

「Sifuと私」 より

あらまし〜紙布作家 桜井貞子さんとの出会い

写真

2014年の10月
紙布作家 桜井貞子さんとの出会いからはじまりました。

「展示会会場へは14時頃に着きました。そして、私の予想通り桜井先生の姿を見つけることができました。

着物をビシッと着こなし、すっと背筋を伸ばした出で立ちには小柄ながら、存在感のある空気が全身から発せられていました。」
 
「Sifuと私」 より


茨城県水戸市の「西ノ内紙布織物展」にて初めてお会いしたのです。40年以上に渡り、ご主人と二人三脚で伝統的な技法による製作技術の復元と、多くの人へ伝える為に、国内だけででなく海外へも「紙布」を広める活動を続けていらっしゃいました。
私が、桜井さんと出会った時は残念ながらご主人は他界されていらっしゃいました。
が、その後も変わらず活動される意志の強さと、何事にも挑戦されてきたその内面から発せられる存在感だったのかもしれません。
私はその姿に影響を受けたのです。

紙布は非常に耐久性に優れ、軽く、長く使え、環境にもやさしい現在の言葉で言い換えれば「エコロジー」なテキスタイルなのです。

「Sifuあだちや」はその伝統工芸に近代技術を吹き込み、かつては日本で生まれ発展してきた布を、人々の日常の暮らしの中に取り戻すきっかけなる現代の使用目的に見合った進化した紙布の開発に着手することとなりました。

〜和紙を使った地球にやさしい鞄の開発と市場への投入〜
「平成26年度補正ものづくり・商業・サービス革新補助」に採択

2015年6月 『Sifuあだちや』の開発がはじまりました。